2011年2月24日木曜日

2011年2月 パンガン島旅行記 その2

その1からの続き。

フルムーンパーティーに行くのは初めてだったんですけど、
ま~人が多くてびっくりしましたね。
1万人くらいはいたんじゃないでしょうか。

パーティーとは言っても、誰かが主催してやっているという感じではなく、
砂浜に面したそれぞれのパブやレストランが、勝手に客寄せの催し物をやって、
観光客はそのへんをブラブラと歩きながら、
200バーツくらいで売っているバケツ入りのウイスキーとかカクテルをがぶ飲みする、
という感じです。

催し物は、火の玉を回すショウとか、DJが音楽をかけてお立ち台でみんなが踊るとか、
いろいろあったんですけど、一番すごいのはこれ。
炎の大縄跳びでございます。
縄にガソリンをぶっかけて、点火してから燃えている縄をぶんぶん回し、
跳びたい人が勝手に入って飛び跳ねてました、、、

これぞアメージング・タイランドですな。


見ていると、タイミングが合わなかったり、転んだりして、
炎が体にぶつかったり、燃えている縄が体に巻きつくこともありましたが、
不思議をヤケドには至らないようです。
もしかすると、彼らは酔っ払って感じてないだけかもしれませんが。
へたれの僕は、やらずとも見ているだけで十分スリルを味わうことができました。

他にも、

  • 4目並べのゲームを持って歩き、賭けゲームの相手を探すタイ人女性
  • 白人男性の財布をスったのがバレて、彼に追いかけられている女性二人組
  • お立ち台の上で愛が盛り上がってしまった白人カップル

などなど、さまざまな登場人物も参加し、フルムーンパーティーの夜は更けていくのでありました。

翌日、我々はお昼ごろの船に乗ってパンガン島を離れ、バンコクへの帰路につきました。

帰り道の休憩所で、靴をなくしたらしく裸足の白人青年が、
パッタイ(タイ式焼きそば)を売っているおばちゃんに対し、
「お金ないんです、、、タダでくれませんか?」と頼んでいたけど、おばちゃんは
「ダメダメ!!」と追い払っていました。
フルムーンパーティーで飲み過ぎて、財布も靴もなくしちゃったんでしょうね、、、同情します。
その後、彼は友達にご飯を分けてもらっていました。

その他、いろいろ楽しいこともありまして、
たった3日ではありましたが、楽しいパンガン島旅行でありました。
おしまい。

日本人にタイを紹介するときの小話

人に頼まれてちょこっとまとめただけのものですが、記念に取っておきます。


~歴史~

タイの国名は、昔はシャム(サイアム)といいました。
1939年に現在の国名タイに変わっています。

シャム猫はタイ原産の猫で、名前の「シャム」はタイの旧国名から来ています。

タイの国旗は、1916年までは象さんの図柄でした。
いまは赤・青・白の三色旗です。

17世紀ころ、当時の首都アユタヤには日本人村があり、山田長政という侍が活躍したそうです。
去年、山田長政を題材にした映画がタイで公開されました。

山田長政役は日本人の俳優、大関正義さん、
相棒を演じるブアカーオは、K-1の優勝経験を持つ、タイの格闘技ムエタイの選手です。


~日本とのつながり~

バンコクには日本人学校があります。
世界の日本人学校で、生徒数が一番多いのは上海、2位はバンコクと言われており、
現在は2,500人の生徒が在籍しています。

タイに住む日本人は、公式には4万6千人です。

ウルトラマンは、タイ人のソムポートが円谷プロに留学した際、仏像の顔をモデルに作ったとも言われています。
モデルになったと言われるスコータイの仏像。

日本から伝わった有名なものとして、「プラーニン(仁魚)」があります。
食料不足に悩むタイ国王に、現在の天皇陛下が50匹を贈ったのが始まりです。
くわしくはここを読んでみてください。


~タイの文化~

タイ人が初対面の人に会ったときは「ワイ」と呼ばれる合掌の動作をします。
タイではドナルドもワイをしてますねー。

2011年2月21日月曜日

2011年2月 パンガン島旅行記 その1

2月18~21日の3連休に、南部のパンガン島まで行ってきましたよ。

(パンガン島、バーン・タイ・ビーチで見た奇妙な船。潜水艦?)

ずーっと勘違いしていたんですが、パンガン島パンガー県って別なんですね。
今回の旅行で訪ねたパンガン島は、タイ湾に浮かぶ島で、サムイ島とタオ島の間にあります。
一方のパンガー県は、アンダマン海に面する県で、奇妙な岩石が有名です。
いままでごっちゃに考えておりました。

今回の旅行、最初はサムイ島に行こうと思って出発したんですが、
サムイ島に着いてから面白いことを聞きました。
「パンガン島では、2月19日の夜にフルムーン・パーティーが開かれる」と・・・
これは行くしかないでしょう、というわけでサムイ島はそのまま通過し、
パンガン島まで足を伸ばしました。

パンガン島に着いたのは18日の夕方、
フルムーン・パーティーが開かれるリン・ビーチはものすごい人。
そのほとんどは白人で、見た感じではイスラエル人が多かったようです。
日本人、タイ人、アジア人はほとんどいませんでした。
困ったことに宿を探しても空室が全く無く、
レンタバイクを借りて、オートバイで移動しながら部屋を探そうとしても、そのレンタバイクが売り切れ状態。
聞いてみると、もう10日も前からレンタバイクの空きがないそうで、、、恐るべき景気の良さ。
フルムーン景気が到来していましたね、パンガン島には。

フルムーン・パーティーが開かれるリン・ビーチでは空室が見つからないので、
ソンテウに乗って隣のバーン・タイ・ビーチへ行ったところ、
一軒家を1,200バーツで借りることに成功。
その後、ちょうど返却している最中のレンタルバイクを発見し、これも200バーツで借りまして、
宿と足を確保。
バックパックを背負って夜中まで歩いている白人も多かったので、
野宿をした人もいたのではないかと思われます。

翌日はバイクで島中を探索。
ココナツ畑が多く、南部に見られるゴム園は全然ないのが不思議でした。
島中のいたるところに病院があり、怪我をして包帯を巻いたりギプスを付けた白人を見かけました。
島は適度に広く、ソンテウ(バス)がどこに行くにも100バーツと割高なので、
200バーツのレンタバイクを借りたほうが得なんですけど、
カーブやアップダウンが多いので、事故を起こす観光客が多いんでしょうね。
僕はすごーくゆーっくり運転しました、、、

全部書こうと思ったけど、書ききれないので残りはまた後で。
次回はフルムーン・パーティー編です。

2011年2月13日日曜日

2011年 正月ラオス旅行記 その4

今回のラオスで見た面白いモノ。

新型電話機。
これ、一見普通の卓上電話機で、何がすごいかわからないですよね。実はこれ、中身は携帯電話なんです。GSMのSIMカードを差して、無線で電話。電池はUSBでバッテリーに充電、電話代も安いそうです。まだ電話線が普及していない田舎では重宝されていて、畑仕事に行くときも持っていくと言ってました(笑)。ラオスのように山が多く、通信インフラも遅れている国では、電話線を敷設せず、ひと足飛に携帯インフラを構築したほうがいいということでしょうね。

カーシーの朝市で売っていた野生動物。
雉、リス、野ねずみ、コウモリ、ボウルに入ったのは虫でしょうか。こういった野生動物はご禁制らしく、僕が写真を撮ろうと声をかけたら、サッと隠すお店もあったんですけど、この店は平然と売っていました(笑)。うちの奥さんのお父さんは、リスや雉が大好きだそうです。

最後に、カーシー近所のクンラーン洞窟。
洞窟までの道路は現在建設中。将来はカーシーの観光名所になる予定。かなり広い鍾乳洞で、ラーン伯爵?のお屋敷だったという伝説があり、この場所は居間、ここは寝室と、それぞれの場所に部屋の名前が付いていました。

この写真のダーおじさんは、僕たちがタイに帰った直後に自動車事故で亡くなりました。写真にある奥さんと息子さんも、同乗していて重傷を負い、他にもう一人が亡くなったそうです。明るく冗談が好きで、働き者のおじさんでした。ご冥福をお祈りします。合掌。